秋の色 [コラム]
トチノキ
ケヤキ
イロハモミジ
イチョウ
モミジバフウ
モノトーンの画像からどんな色を想像するであろうか?
どんな音が聴こえるであろうか?
どんな匂いがするであろうか?
雨降りの人のいない日曜日の朝に撮影した流山運動公園の樹木たち。
秋の夕暮れ [コラム]
仕事が早く終わり、陽が暮れる前に森に入った。
木々の合間から眩しすぎるほどの夕日が射し込む。
ベニバナボロギクが咲いていた。
漢字で書くと"紅花襤褸菊"。
筒状の頭状花序は管状花をそろえて束ねたたような形で、先端だけが紅色になるので紅花。次の襤褸はというと、正しくぼろ切れの襤褸である。何とも可哀想な名をつけられたものである。
定かではないが、その種子の綿毛がぼろ切れを散らかしたように見えることかららしい。
つるべ落としの秋の夕方、あっという間に森の中は暗くなった。
静寂の森に秋の虫が鳴き渡る。
木々の合間から眩しすぎるほどの夕日が射し込む。
ベニバナボロギクが咲いていた。
漢字で書くと"紅花襤褸菊"。
筒状の頭状花序は管状花をそろえて束ねたたような形で、先端だけが紅色になるので紅花。次の襤褸はというと、正しくぼろ切れの襤褸である。何とも可哀想な名をつけられたものである。
定かではないが、その種子の綿毛がぼろ切れを散らかしたように見えることかららしい。
つるべ落としの秋の夕方、あっという間に森の中は暗くなった。
静寂の森に秋の虫が鳴き渡る。
気温差 [コラム]
日中と夜の気温差だけでなく、先週と今週、昨日と今日と、日を追うごとに気温差が出てくる。
半袖で過ごせた日も過去になりつつあり、薄手の風避けを羽織りたくなる。
街中の街路樹も少しずつではあるが紅葉も始まっている。
里山はというとまだそこまでは感じられない。
セミは頑張って鳴いているし、一昨日はまだクワガタが僅かに染み出るクヌギの樹液を舐めていた。
それでも秋は確実にやって来ている。
クサギの果実。星形したものは顎片で赤紫色、球形のが果実で藍色をしている。
クサギを漢字で書くと"臭木"になる。葉をちぎったり、揉むと特異な臭いがすることから名付けられている。
ところが夏咲く花はユリのような芳香が森を包み、香りに酔いしれ、秋は秋でこの果実の造形と色使いに陶酔するのである。
流山の里山ではごく普通に見られる樹木。開発途中で野放しにされた土地にも入り込んで、いち早く生長するパイオニア植物でもある。
半袖で過ごせた日も過去になりつつあり、薄手の風避けを羽織りたくなる。
街中の街路樹も少しずつではあるが紅葉も始まっている。
里山はというとまだそこまでは感じられない。
セミは頑張って鳴いているし、一昨日はまだクワガタが僅かに染み出るクヌギの樹液を舐めていた。
それでも秋は確実にやって来ている。
クサギの果実。星形したものは顎片で赤紫色、球形のが果実で藍色をしている。
クサギを漢字で書くと"臭木"になる。葉をちぎったり、揉むと特異な臭いがすることから名付けられている。
ところが夏咲く花はユリのような芳香が森を包み、香りに酔いしれ、秋は秋でこの果実の造形と色使いに陶酔するのである。
流山の里山ではごく普通に見られる樹木。開発途中で野放しにされた土地にも入り込んで、いち早く生長するパイオニア植物でもある。
半年を経て [コラム]
ブログを休止して半年が経った。長年積み重なった疲労で身体もボロボロであることもわかり、元に戻すべく時間が経過してしまった。
かと言ってその間、里山に出掛けることをしていなかった訳でなく、流山の里山を中心にあちこちリハビリがてら歩き回っていたのである。
ただ"流山里山日記"とタイトルをつけたこのブログに、本当にこれで良いのか正直違和感を覚えたのは事実である。
15年以上も見続けてきた流山の里山。TX線が開通してから辺りの風景が日々刻々と変わっていった。開発によって緑が少なくなっていく現実。数残された森や田畑が先週まであった数残された僅かな森や田畑が今日行ったら無くなっていたなど当たり前。
自分の中に正直嫌気が差してしまったのかもしれない。いや、嫌気ではなく、無惨に削り取られた里山を見るに耐え難いからかもしれない。
行く機会も徐々に少なくなり、きちんと保全された他の地域の里山を巡るようになっていた。ただの"逃げ"であろう。真正面から向き合おうという気が起きなかったのだ。
この半年の間にも開発は止まらず進んでいっている。いくつの森や林や田畑が消えたであろう。
見て見ぬ振りはやはり自分には出来ない。出きる限りこの現状を発信し続けて行こうと気持ち改めて行こうと決めた。
ただ今までのように流山の里山以外の地域は今後割愛させて頂くことにした。また写真は多く載せずピックアップして載せることにした。
説明は簡素に。あとは皆さんに感じ取ってもらおうと思う。
[シャクチリソバの花 流山 中地区 小川の流れる造成地にて]
かと言ってその間、里山に出掛けることをしていなかった訳でなく、流山の里山を中心にあちこちリハビリがてら歩き回っていたのである。
ただ"流山里山日記"とタイトルをつけたこのブログに、本当にこれで良いのか正直違和感を覚えたのは事実である。
15年以上も見続けてきた流山の里山。TX線が開通してから辺りの風景が日々刻々と変わっていった。開発によって緑が少なくなっていく現実。数残された森や田畑が先週まであった数残された僅かな森や田畑が今日行ったら無くなっていたなど当たり前。
自分の中に正直嫌気が差してしまったのかもしれない。いや、嫌気ではなく、無惨に削り取られた里山を見るに耐え難いからかもしれない。
行く機会も徐々に少なくなり、きちんと保全された他の地域の里山を巡るようになっていた。ただの"逃げ"であろう。真正面から向き合おうという気が起きなかったのだ。
この半年の間にも開発は止まらず進んでいっている。いくつの森や林や田畑が消えたであろう。
見て見ぬ振りはやはり自分には出来ない。出きる限りこの現状を発信し続けて行こうと気持ち改めて行こうと決めた。
ただ今までのように流山の里山以外の地域は今後割愛させて頂くことにした。また写真は多く載せずピックアップして載せることにした。
説明は簡素に。あとは皆さんに感じ取ってもらおうと思う。
[シャクチリソバの花 流山 中地区 小川の流れる造成地にて]
ブログ休止のお知らせ [コラム]
都合により暫くの間お休みさせて頂きます。
またさらにパワーアップして戻って来れるよう精進してきます。
今暫くお待ちください。
長い間ありがとうございました。
またさらにパワーアップして戻って来れるよう精進してきます。
今暫くお待ちください。
長い間ありがとうございました。
春霞 [コラム]
相変わらずブログをあげる時間がなく、写真だけが溜まっていきます。
今日は穏やかな昼下がりです。辺りは春霞がかかり視界が良くありません。太陽もぼんやりしています。
仕事場の近くの植え込みではアセビ(馬酔木)の花が咲いていました。
アセボトキシンという有毒な成分がこの木にはあり、葉を煮出して殺虫剤として使われていたこともあるそうです。
この葉を馬が摂取するとよったような足取りになることから"あししび"。これが転じて"馬酔木(アセビ)"になったそうです。奈良の公園では食害を防ぐため、この樹木を植えています。
性質とは真逆のきれいなかわいい花を沢山つけます。
こちらも負けず劣らずの白いかわいい花です。
シキミの花です。ところがこの植物全草で有毒。特に果実は猛毒。アニサチンを含んでいます。
名前の由来も"悪しき実"から名がつくほど。
仏前、墓前に多く植えられています。弘法大師が青蓮華に似ているので仏前の供養用に使われたそうです。一年通して美しく手入れのしやすさが全国に広まったみたいです。
葉を乾燥させて抹香として使います。
ちなみに中華料理に使われるのはトウシキミ(八角)です。
シビもシキミもちょうどこの時期から咲き始める花たちです。
市野谷の森に行ってみました。入り口のスギを揺すってみましたが、まだ花粉は飛びませんでした。
森の脇の新設校が出来上がっていました。学校を取り巻くように新しい樹木が植えられていました。学校建設のためにあれだけ伐採した森の樹木、そこに訳のわからぬよそ者の木を植える。全く意味が解りません。
天気が怪しくなってきて風が吹いてきました。早々に退散。
流山運動公園で一休み。
ホトケノザ
ヒメオドリコソウ
共に春を代表する道端で良く見かける花たちです。
今日は穏やかな昼下がりです。辺りは春霞がかかり視界が良くありません。太陽もぼんやりしています。
仕事場の近くの植え込みではアセビ(馬酔木)の花が咲いていました。
アセボトキシンという有毒な成分がこの木にはあり、葉を煮出して殺虫剤として使われていたこともあるそうです。
この葉を馬が摂取するとよったような足取りになることから"あししび"。これが転じて"馬酔木(アセビ)"になったそうです。奈良の公園では食害を防ぐため、この樹木を植えています。
性質とは真逆のきれいなかわいい花を沢山つけます。
こちらも負けず劣らずの白いかわいい花です。
シキミの花です。ところがこの植物全草で有毒。特に果実は猛毒。アニサチンを含んでいます。
名前の由来も"悪しき実"から名がつくほど。
仏前、墓前に多く植えられています。弘法大師が青蓮華に似ているので仏前の供養用に使われたそうです。一年通して美しく手入れのしやすさが全国に広まったみたいです。
葉を乾燥させて抹香として使います。
ちなみに中華料理に使われるのはトウシキミ(八角)です。
シビもシキミもちょうどこの時期から咲き始める花たちです。
市野谷の森に行ってみました。入り口のスギを揺すってみましたが、まだ花粉は飛びませんでした。
森の脇の新設校が出来上がっていました。学校を取り巻くように新しい樹木が植えられていました。学校建設のためにあれだけ伐採した森の樹木、そこに訳のわからぬよそ者の木を植える。全く意味が解りません。
天気が怪しくなってきて風が吹いてきました。早々に退散。
流山運動公園で一休み。
ホトケノザ
ヒメオドリコソウ
共に春を代表する道端で良く見かける花たちです。
行き掛けの駄賃 [コラム]
先日実家の近くにある公園までハンノキを観にカメラ片手に出掛けてきた。
雑木林の端を通る。
アカメガシワの冬芽はちょっと変わっている。薄茶の髪の毛を逆立たせた様相。
春になれば真っ赤な新葉に変わり、さらに赤が抜け落ち緑の葉になるのである。
日当たりの良い田んぼの畦道にはホトケノザの花。冬の間も枯れずに花も咲いている。
フキノトウを発見!これを見ると春近しと感じるのは自分だけであろうか?ここを散歩する人はあまり興味示さないようだ。天婦羅で戴くと更に春を感じる。
目的地に着き、さてハンノキ観察!と思ったら目の前の池の岩場に鮮やかなものが・・・
今日は一眼レフではなく、持ち運びの便利なもう10年物のコンパクトデジカメである。大分くたびれてきているものの、常にポケットに入れておけるサイズなのでついついこっちの方の出番が多い。
眼を凝らしてみるとカワセミではないか。岩場との距離3m弱でも物怖じせずじっとして動かない。はじめ置物かと思ったほどである。
先日行った市川の長田谷津にもカワセミはいて、ここでは物凄い高価そうな(実際は高額ですが)望遠レンズを装着したカメラを構え、まるでグラビアアイドルを取り囲むように、カワセミを撮るカメラマンが大勢いる。
近所のこの公園では散歩する人がいるだけの普通の公園である。私がカワセミを見つけて嬉々としていても、何事もないように散歩人は通り過ぎていく。
岩場にいたカワセミは場所を移動。池に張り出すように生えた低木の枝にとまった。私との距離も更に縮まり2mほどになった。
枝を移動しながら池にいる獲物を探しているようだ。
その瞬間池に急降下。
何か獲物を捕まえたようだ。水面から飛び出す。
残念ながらピンぼけ。やはりこのカメラでは限界かな。でも何か口にくわえているような?
違う岩場に降り立つ。
この後カワセミは違うところに飛び立っていった。僅か10分ほどであったが貴重な体験が出来た。
それはそうとハンノキのことをすっかり忘れていた。
尻尾のようなものが雄花である。風が吹くと一気に黄色い花粉が舞う。正にスギ花粉と同じ光景である。
人によってはこのハンノキでもアレルギーを起こす人がいるそうだ。
尾っぽの手前にマッチの先のような形をしているものが雌花である。
この公園は高台から涌き出た水を人工的に造った池に流し込んでいる。ハンノキは元々あったものであろう。他に水辺を好むヤナギの木が植えられており、蕾を破って花序が顔を除かせている。
カワヤナギ
イヌコリヤナギ
シダレヤナギ
ハンノキを観に行くところが思わぬ小動物に出会い、すっかり気をとられてしまった。正しく行き掛けの駄賃になったのだが、どっちが駄賃なのかはご想像にお任せすることにしよう。
雑木林の端を通る。
アカメガシワの冬芽はちょっと変わっている。薄茶の髪の毛を逆立たせた様相。
春になれば真っ赤な新葉に変わり、さらに赤が抜け落ち緑の葉になるのである。
日当たりの良い田んぼの畦道にはホトケノザの花。冬の間も枯れずに花も咲いている。
フキノトウを発見!これを見ると春近しと感じるのは自分だけであろうか?ここを散歩する人はあまり興味示さないようだ。天婦羅で戴くと更に春を感じる。
目的地に着き、さてハンノキ観察!と思ったら目の前の池の岩場に鮮やかなものが・・・
今日は一眼レフではなく、持ち運びの便利なもう10年物のコンパクトデジカメである。大分くたびれてきているものの、常にポケットに入れておけるサイズなのでついついこっちの方の出番が多い。
眼を凝らしてみるとカワセミではないか。岩場との距離3m弱でも物怖じせずじっとして動かない。はじめ置物かと思ったほどである。
先日行った市川の長田谷津にもカワセミはいて、ここでは物凄い高価そうな(実際は高額ですが)望遠レンズを装着したカメラを構え、まるでグラビアアイドルを取り囲むように、カワセミを撮るカメラマンが大勢いる。
近所のこの公園では散歩する人がいるだけの普通の公園である。私がカワセミを見つけて嬉々としていても、何事もないように散歩人は通り過ぎていく。
岩場にいたカワセミは場所を移動。池に張り出すように生えた低木の枝にとまった。私との距離も更に縮まり2mほどになった。
枝を移動しながら池にいる獲物を探しているようだ。
その瞬間池に急降下。
何か獲物を捕まえたようだ。水面から飛び出す。
残念ながらピンぼけ。やはりこのカメラでは限界かな。でも何か口にくわえているような?
違う岩場に降り立つ。
この後カワセミは違うところに飛び立っていった。僅か10分ほどであったが貴重な体験が出来た。
それはそうとハンノキのことをすっかり忘れていた。
尻尾のようなものが雄花である。風が吹くと一気に黄色い花粉が舞う。正にスギ花粉と同じ光景である。
人によってはこのハンノキでもアレルギーを起こす人がいるそうだ。
尾っぽの手前にマッチの先のような形をしているものが雌花である。
この公園は高台から涌き出た水を人工的に造った池に流し込んでいる。ハンノキは元々あったものであろう。他に水辺を好むヤナギの木が植えられており、蕾を破って花序が顔を除かせている。
カワヤナギ
イヌコリヤナギ
シダレヤナギ
ハンノキを観に行くところが思わぬ小動物に出会い、すっかり気をとられてしまった。正しく行き掛けの駄賃になったのだが、どっちが駄賃なのかはご想像にお任せすることにしよう。
成田の里山 [コラム]
今日は節分。暦上では今日が冬の最終日。でも実際は寒さはこれからが本番。一年の締めくくりに何を思いますか?
木にぶつかるのではと思うほどの低さで飛行機が降り立っていきます。ここは成田の芝山、すぐ近くには成田国際空港があります。
久々の休みで東に向かって車を走らせました。
以前何度かお邪魔した阿賀多神社にお参り。この方面に行くときは必ずといって良いほど立ち寄ります。
特に信仰とかはありませんが、この神社の樹木の素晴らしさに惚れてしまったのが理由です。
ここ一体の森には貴重な巨樹が多く見られます。東日本一を誇る千年杉をはじめ、スダジイやアカガシ、モミが見事なまでに育っています。
幹の太さは直径8m、高さは40mにもなる千年杉です。
静まり返ったその杜をこのスギが見守っているような佇まいをしていました。
アカガシの材は赤みがかかっているのでその名が付いたのですが、切ってみなければ解らず・・・
樹皮が荒くボロボロしているので"アカ"のように見えることから、と師匠にそう教わりました。
落ち葉も赤み帯びています。
そして自分が最初に感銘を受けた場所であり、大好きな樹木でもあるここのスダジイです。
高さは30m近くあるでしょうか?枝葉を広げたその姿は正しく天然のプラネタリウムそのものです。毎年変わらぬその光景を目の当たりにして悦に入るのです。
ひと通り杜を観て、再び東へ。
成田の芝山で小休止。この辺りは国が強引に地元農地を買い上げて滑走路を建設した場所です。当時の成田闘争は今でも記憶に新しい。今なお闘っている住民がいます。
国が買い上げた空港以外の場所を里山として保全しようという'成田国際空港株式会社の森'がこの側にありました。
成田国際空港株式会社が管理するだけあって(?)良く整備された里山です。
森の向こうには空港が見えます。
エノキ、シラカシ、コナラ、スダジイ他の樹木そして池と湿地。里山をそのまま残しました!と言わんばかりの絵に描いたような里山が広がっています。
でもここにはひと一人遊びに来る人はいません。平日ということもあるでしょうが、足跡すらない。
本来の里山の機能を全く無視して造った結果でしょう。寂しくも悲しい一例でした。
開発した結果、もう元には戻れないことは十分解り切ったことではないでしょうか?利便性を追求したあまりに、失うものも大きいことを十分理解しての開発だったのでしょうか?
流山の里山にも同じことが言えます。森を次々に伐採して開発を推し進め、緑が少ないからといって植樹する。こんな馬鹿げたことあってはいけないんです。 もう少し冷静に考え直す時期は来ているのではないでしょうか?
木にぶつかるのではと思うほどの低さで飛行機が降り立っていきます。ここは成田の芝山、すぐ近くには成田国際空港があります。
久々の休みで東に向かって車を走らせました。
以前何度かお邪魔した阿賀多神社にお参り。この方面に行くときは必ずといって良いほど立ち寄ります。
特に信仰とかはありませんが、この神社の樹木の素晴らしさに惚れてしまったのが理由です。
ここ一体の森には貴重な巨樹が多く見られます。東日本一を誇る千年杉をはじめ、スダジイやアカガシ、モミが見事なまでに育っています。
幹の太さは直径8m、高さは40mにもなる千年杉です。
静まり返ったその杜をこのスギが見守っているような佇まいをしていました。
アカガシの材は赤みがかかっているのでその名が付いたのですが、切ってみなければ解らず・・・
樹皮が荒くボロボロしているので"アカ"のように見えることから、と師匠にそう教わりました。
落ち葉も赤み帯びています。
そして自分が最初に感銘を受けた場所であり、大好きな樹木でもあるここのスダジイです。
高さは30m近くあるでしょうか?枝葉を広げたその姿は正しく天然のプラネタリウムそのものです。毎年変わらぬその光景を目の当たりにして悦に入るのです。
ひと通り杜を観て、再び東へ。
成田の芝山で小休止。この辺りは国が強引に地元農地を買い上げて滑走路を建設した場所です。当時の成田闘争は今でも記憶に新しい。今なお闘っている住民がいます。
国が買い上げた空港以外の場所を里山として保全しようという'成田国際空港株式会社の森'がこの側にありました。
成田国際空港株式会社が管理するだけあって(?)良く整備された里山です。
森の向こうには空港が見えます。
エノキ、シラカシ、コナラ、スダジイ他の樹木そして池と湿地。里山をそのまま残しました!と言わんばかりの絵に描いたような里山が広がっています。
でもここにはひと一人遊びに来る人はいません。平日ということもあるでしょうが、足跡すらない。
本来の里山の機能を全く無視して造った結果でしょう。寂しくも悲しい一例でした。
開発した結果、もう元には戻れないことは十分解り切ったことではないでしょうか?利便性を追求したあまりに、失うものも大きいことを十分理解しての開発だったのでしょうか?
流山の里山にも同じことが言えます。森を次々に伐採して開発を推し進め、緑が少ないからといって植樹する。こんな馬鹿げたことあってはいけないんです。 もう少し冷静に考え直す時期は来ているのではないでしょうか?